鹿児島三大行事

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年初めに国家安泰や五穀豊穣、万民快楽などを祈願する熊野神社の「鬼追い」をはじめ、1561年より鹿児島神宮で斎行されている豊作や家内安全を願う「御田植祭」、関ヶ原の戦いに向けて士気を上げるため、島津家により行われたとされる「川内大綱引」、神や先祖霊に踊りを奉納して豊作を願う、300年の間踊り続けられている市来の「七夕踊」など、鹿児島県では様々な伝統行事が行われています。

そのなかでも“鹿児島三大行事”と呼ばれているのが、『妙円寺詣り』、『曽我どんの傘焼き』、『赤穂義臣伝輪読会』です。

妙円寺詣り

毎年10月の第4土・日曜日に開催されている『妙円寺詣り』は、1600年の関ヶ原の戦いにおいて、豊臣方として戦った島津義弘率いる300人の軍勢が、10万の東軍に突撃し帰還を果たしたという壮絶な死闘を偲び、義弘の菩提寺である妙円寺(現:徳重神社)へ参拝する伝統行事です。

現在では、県内各地から多くの観光客が訪れる、一大イベントとして親しまれており、鎧冑に身を固めた武者行列のほか、民俗芸能なども披露されています。

曽我どんの傘焼き

[map zoom=”16″ width=”500px” height=”300px” lat=”31.584647″ lng=”130.547787″]曽我どんの傘焼き[/map]

相模国の曽我兄弟が父の仇討ちを遂げる際、松明の代わりに傘を焼いたという故事を、親への孝を教える題材として、藩政時代に青少年教育に取り入れたものが、『曽我どんの傘焼き』の始まりとされています。

現在は、質実剛健の薩摩藩を偲ぶ伝統行事として、また、五穀豊穣と洪水無災害する祭礼として、毎年7月下旬ごろに甲突川の河畔で行われており、古傘を積み上げて作成した櫓に火がつけられると、炎が高く舞い上がり川面を赤々と照らします。

赤穂義臣伝輪読会

赤穂浪士討ち入りの日である旧暦の12月14日頃、現在の1月20日前後の土曜日に行われる『赤穂義臣伝輪読会』は、大石内蔵助以下、47名の赤穂義臣の忠誠至純の精神を偲ぶと共に、主君に対する忠義を教える教材として、藩政時代に青少年教育に取り入れられました。

15巻におよぶ赤穂義臣伝の論読は、日暮れに始まり夜を徹して行われるため、夜半頃に、鶏汁や栗粥を黒糖で煮た栗なっとうを食すのが通例だったとされています。

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