南島原市の観光スポット!島原の乱に思いを

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長崎県島原半島の南東部一帯を占める南島原(みなみしまばら)市は、2006年に加津佐町・口之津町・南有馬町・北有馬町・西有家町・有家町・布津町・深江町の8町が対等合併して発足しました。

歴史と自然豊かな南島原市の概要

島原半島の中央部にあたる市域北部は、雲仙岳の一角を構成する1,000m紀の山地が連なり、東部から南部は早崎瀬戸および有明海、西部は天草灘に面するなど、雄大な山々と魚介類豊富な広い海岸線を有する風光明媚な都市です。

切支丹への弾圧をはじめとする圧政に耐えかねた住民が蜂起し、原城に篭城して3ヶ月にわたって幕府軍と壮絶な戦いを繰り広げた、日本史上最大規模の一揆・島原の乱が起こった地として広く知られています。

主要な交通機関としては、国道3本と島原道路(がまだすロード)、 熊本県天草市の間を往来するフェリーなどがあり、車を利用する場合は福岡市から約3時間30分、長崎市から約1時間30分ほどでアクセス可能です。

島原の乱

島原の乱は、過酷な年貢の取り立て、大量に発生した浪人、キリシタン弾圧、飢饉により、百姓身分と呼ばれる悪政に苦しむ領民による日本史上最大規模の一揆です。

当時の島原藩主、松倉勝家は自身の悪政を認めず、キリシタンの反乱と主張し、幕府もキリシタン弾圧の口実とするためこの主張に乗ったことによりキリシタンの反乱という見方が定着してしまいました。

寛永14年10月25日(1637年12月11日)の代官:林兵左衛門の殺害から始まり、寛永15年2月28日(1638年4月12日)原上の落城と一揆軍の総大将、天草四郎(益田四郎時貞)の死によって鎮圧されました。

南島原市のおすすめ観光スポット

切支丹の歴史を体感できるスポットとしては、島原の乱・終焉の地で桜の名所としても知られる「原城跡」や、一揆軍の総大将として指揮を執った「天草四郎の墓」、小高い丘の上に築かれた切支丹大名・有馬氏の居城跡「日野江城跡」、キリスト教の伝来から弾圧までの歴史を解説している「有馬キリシタン遺産記念館」などがあります。

自然を満喫できるスポットしては、雲仙天草国立公園内にあるオートキャンプ場「エコ・パーク論所原」、日本の棚田100選に認定された「谷水棚田」、白砂と松林のコントラストが美しい「野田浜」、亜熱帯植物約300種が生い茂る高さ約97mの「岩戸山」などがあり、また、イルカとホエールウォッチングが楽しめる観光船も人気です。

そのほか、普賢岳の噴火により被害を受けた建物が当時の姿まま保存されている「土石流被災家屋保存公園」や「旧大野木場小学校被災校舎」、海外交易に関する資料や明治以降の生活用品など幅広い展示が魅力の「口之津歴史民俗資料館・海の資料館」、長崎市の平和祈念像を手がけた彫刻家の記念館がある「西望公園」などもおすすめです。

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